長友佑都の魅力|挫折からの活躍・体幹トレーニングと人間性の素晴らしさ

サッカー

長友佑都は、日本代表不動の左サイドバックだ。

決してエリートではなかった長友選手が、なぜ世界レベルの選手になることができたのか。

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長友佑都選手の魅力に迫ってみたい。

 

生いたち

長友佑都(ながとも ゆうと)のサッカー人生は挫折の連続であった。

小学校1年生でサッカーを始めた長友佑都。多くの日本代表選手やJリーガーがそうであるように攻撃的な選手だった。

しかし小学校6年次に初めての挫折。愛媛fcジュニアユースのセレクションに落ちてしまう。

その後進学した西条市立北中学校でサッカーを続けるものの、当時の北中学校のサッカー部は不良の溜まり場だった。

当然長友のサッカーへの情熱は冷めていく。

顧問であった井上博は熱心に長友らを説得。

2001年のU-15全日本ユース選手権では県3位の成績を残した。

長友が今も恩師と慕う井上博との出会いが無ければ中学時代にサッカーを辞めていただろう。

サッカーへの情熱を取り戻した長友は東福岡高校へ進学する。

東福岡高校では2年時にボランチのレギュラーを獲得するも地区選抜にも入れず、大学の推薦すら得られなかった。

明治大学へは指定校推薦で進学している。

明治大学2年時に長友に転機が訪れる。

監督からサイドバックへのコンバートを勧められる。

しかしサイドバックのプレーをものにしようとしていた時にヘルニアを再発してしまう。

パチンコなどに溺れ、再びサッカーから離れかけることもあったが、同級生や姉からの叱咤激励によりサッカーへ向き合い急激に頭角を表していった。

fc東京との練習試合をきっかけに強化指定選手として練習への参加にこぎつける。

fc東京へ加入後フッキなどの後に世界トップクラスへ上り詰める選手としのぎを削る。

 

プロ入り後

2008年に在学したままサッカー部を退部してFC東京と正式契約を結んだ。

リーグ開幕戦から先発出場し、第10節大宮戦ではJリーグ初ゴールを決めた。

同年5月日本代表に初招集され、5月24日のキリンカップコートジボワール戦にフル出場して代表初出場。

11月13日のキリンチャレンジカップ・シリア戦で代表初ゴールを決めている。

2010年に開催された南アフリカワールドカップでは、全4試合に左サイドバックでフル出場を果たした。

エースキラーとして活躍、後にチームメイトとなるエトオら世界トップクラスの選手を抑え込んだ。

W杯での活躍が評価され活躍の場をイタリアに移す。

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チェゼーナで世界トップクラスの選手を相手に活躍し、翌年にはインテルへの移籍を果たす。

エトオ、サネッティ、スナイデルらが在籍していたインテルでレギュラーを獲得。

2011年度世界のディフェンダートップ5の一人に選ばれ、2013-14シーズンにはセリエAのベストプレーヤー左サイドバック部門で最優秀プレーヤーに選出された。

2018年には活躍の場をトルコに移している。

 

体幹トレーニング

長友はいかにして世界トップレベルの選手へとなることが出来たのか。

無尽蔵のスタミナ。当たり負けしないフィジカル。

長友は日本人に珍しい体の強さが武器の選手である。

その強さを手に入れるきっかけになったのが大学時代のヘルニア治療中に始めた体幹トレーニングである。

今でこそ体幹、体幹トレーニングといった言葉が広く認知されているが認知されるきっかけになったのも長友の功績だろう。

長友はプランクと言われる一般的なトレーニングから、より複雑にアレンジした高度なトレーニングまで行なっている。

体幹トレーニングに関する書籍も出版しているが、腰痛やダイエットしたい人など、目的別に分かれている。

トレーニングは三日坊主になりやすいが、モチベーションアップの工夫もあり、シンプルで分かりやすいと高評価だ。

またプロゴルファーの片山晋呉氏とは共同で体幹トレーニングのギアを開発している。

水の動きを利用して体幹を鍛えるというものだ。

こちらもなかなか評判は良いようだ。

 

人間性

長友が世界レベルのサイドバックになれた理由の1つに人間性の素晴らしさがあげられる。

日本代表、イタリア、トルコ、どのチームでも長友の周りには自然と人が溢れる。

インテル時代はスナイデル、サネッティら世界最高の選手たちからかわいがられていた。

長友がゴールやアシストを決めた時に皆で行うお辞儀パフォーマンスはその証拠だ。

半年しか在籍していなかったチェゼーナでもサポーターからの絶大な人気を誇っていた。

日本代表長友塾を開催、トレーニングを教わるため選手たちが集まる。

テレビやCMで見せる笑顔からも長友の人間性が伝わる。

小柄であることもあり、どこか身近に感じられる。なんかいい奴そうなのである。

サッカーの技術と同じくらい、世界で活躍するためにコミュニケーション能力が必要であるが、長友はこの能力が非常に高い。

長友が「いい奴」であることが世界最高レベルのサイドバックになれた要因かもしれない。

(si)

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